車輪の下

詩人か、そうでなければ何にもなりたくない。ヘルマン・ヘッセの言葉。

  

 「よくある話よ」と母親は言った。「エリート被れが挫折して田舎に戻ってくるなんて、そんなものを気取っているつもりなの?」20歳の頃だっただろうか、これもたぶん夏休みに帰省していた時の話。私は少し前に車輪の下を読み終わったところで、心を見透かされたような居心地の悪さがあった。細かいことはあんまり覚えていない。私は私が何者かになることを恐れていた。彼女もまた若い頃はヘッセの読者であったのだろう。

半年前

 いかに退屈であろうとも、この外に花はない。

 きっとそうでしょう。では人を愛する能力に欠けてしまった者達は?

 

 疲れました。暮らしがあったって何の意味もないよ、少なくとも主観的には。生きる力がない。本質的にはチューブに繋がれて延命治療を施されている末期患者と変わりないでしょう?

 

 私が本当にわかってほしいことはただ一つで、何でもかんでも好きなわけじゃないよ、ということ。それだけわかってもらえれば十分です。刺激への中毒症状は私を駆り立てるし、その試みは大抵空回りに終わるけど。大体、刺激によって何かを感じるなんて即物的すぎて馬鹿げている。だからといって人間は深い思慮と洞察によって成長していかなければならないなんてそれもまた途方もなく浅はかな話。

 

 鈴木いづみ風に階段を100段落ちる。

 

 私には何の物語もなかったよ。壮絶な半生も、これからの冒険譚も。それでもこうなってしまったのは生まれつきの資質としか言えないし、いつも曖昧な悲しみだけがあった。私の中で才能と言えるのはこれだけ。それを表現する術すら持たないと言うのならばこのままそっと…。まあそれはずっと前からわかっていたことでしょう。

 

 

ーー以上、半年前に認めたらしい下書きの供養。

風化する教室

 本当のことを言えば働くのなんてそんなに難しくないことは知っていて、よくわかんないことで怒られるのだって小学生の時にはもう慣れ切っていたし、自分のできることもできないこともわかっているから、全部通り過ぎて行くだけ。何も考えずに作業していれば時間だってこうして過ぎ去ってしまうし、明日の糊口を凌ぐことだってできる。少し疲れるだけ。

 僕は他人の生活を愛しているし、生活のために働いている人を見るとたまらない気持ちになってしまうのだけど、自分も生活をしているということはいつも忘れていて、今も心のどこかでそれを拒否している。それはとんだ欺瞞だし、乗り越えなければいけないことだ。家計簿アプリを導入したら、今日はあと500円で生活してね、と言われて、ふーん。と思って、煙草と牛乳を買った。

 きのこ帝国を聞いてたら自分もまだ歌を歌っていいのかな、という気持ちになった。

雪解け

 不意に目が覚めた。下を見ると鴨が二羽、水面に顔を突っ込んで餌を探しながら川を流れていった。彼らは確か真冬のマディソン・スクエアでずっと氷漬けになっていたはずなのだが。何かそこに深い意味を見出した訳ではないが、覚えているのはいつもそんなものだと誰かが言っていた、私もそう思う。

 卒業式を控えた後輩に連れられて、大学の寮に初めてお邪魔した。みんなが明日の準備をしていた。気が引けると言ったのだが、かまわないとのことだったので仮装用の衣装にメッセージを書いた。あとは談話室でずっと漫画を読んでいて、そのまま炬燵で寝た。

 夢を見ていた、数回会ったことがあるだけの人物が、夢の中では重要な役割を果たすことが往々にしてある。彼女は私に愛とは何かと聞いた。私は無言で歩いていた。少しの罪悪感。走り出そうとしたら身体が重くて、夢だとわかった。

蟀谷

 たぶん最後の更新になる。そう言って最後になったことなんてほとんどないのだが、少なくともしばらくは何も書く気が起こらないだろう。

 waisの結果が出たけれど、いたって普通で、これでどうと言えることはないでしょうとのことだった。貰った紙には「検査を最後まで終えることができたのだから、日常生活でも物事をやり遂げる能力があるでしょう」と書いてあった。やり遂げるとは、何をだろうか?今にもこのブログを投げ出そうとしている。それに、生活には終わりがない。

 ハプワース16、一九二四の手紙の中でシーモア・グラースは「僕は手入れのいい電柱くらいの間は生きているつもりなんだ」と言っていた。「それまでこの憂鬱とはユーモアを持って休戦協定を結ぶつもりなんだ」とも。結局のところ彼は31歳で蟀谷を撃ち抜くことになるのだが。

 天性の美文家というものが存在する。きっとその生涯において一片の小説もしたためることのないような、感受性の高さ故に多くの言葉を必要としない人たち。その比類なき美しさは時折、送られてくる何気ない手紙の中に表れたりする。世界の姿を必要最小限の言葉で切り取った、それでいてそれ以上の言葉はもう必要なくて、それで全部なんだという説得力を持った手紙。そんな手紙を読んでいると私はドキドキしてしまう。自分だけがその美しさに気づいてしまったような陶酔と、秘密を共有してしまったような罪の意識。彼らの仕事はもはや文を綴るということにはなくて、ただ世界を見ることだ。そして彼らのことを書くのは私たちの仕事かもしれない。ここを愛そう。

死ぬのはいつも他人ばかり

 今朝ちゃんと薬を飲んだのかどうか記憶が定かではない。11月祭に行こうかなとぼんやり考えていたが、結局のところ昼過ぎからビールを飲んでいたら一日が終わった。飲んでいる最中で最悪の気分になってきたのでツイッターのアカウントを消した。たまに消すとさっぱりとした気分になるのだが、実は岩盤浴に行った方がさっぱりした気分になれるということをそっと電話口で教えてもらった。

 ライブの前は違う人の曲を聞いていることが多い。桜通線に乗りながらStereo fabrication of youthシリウスを聞いていた。名古屋に恋人がいた頃はいつも桜通線に乗っていたので、その時に歌ってあげたらどんな感じだっただろうか。もっとも地下鉄は私がいくら急かしても飛ばしてくれないのであるが。

 今池ボトムラインは人がいっぱいで、というより会場が少し狭かったのだが、並ぶのが面倒だったのでぶらぶらしていたら少し柱が邪魔な位置になってしまった。僕の場所からはちょうどベースの金やんと重なってしまった柱の向こうを想像してみる。田中和将は最近よく想像力という言葉に言及している。ともすれば難解とも言われる彼の詞を楽しむためには聞き手側が想像力を持つことが重要だ、とか。あるいは能動性を持って楽しんでくださいということもよく言っている。能動性と言っても実際には「揺れるなり、歌うなり、眠るなり自由にしていてね」と言う。どれも観客の自由な選択だ。僕らは作品に対して、その制作と同じように想像力を持って能動的に消費することができる、というのが最近考えていることだった。

 マルセル・デュシャンの遺作はフィラデルフィアから動かないらしい、それは観客が扉に空いた小さな穴を覗き込むことによって完成する。ここにもまた想像力と能動性が表れてくる。いい芸術家というのはそれらを発揮させるのがうまいのかもしれない。私はただ文字の並びとしてしか聞いたことのないフィラデルフィアの景色を想像してみる。

風景とリズム

 ぼんやりと窓の外を眺めていたけれど、思うところが何もなかった。風景の才能がない。例えば夜道の街灯に何かを見出すようなことは、よほどうまくやらない限りそれ自体の凡庸さを免れ得ない。極端な話をすれば、トンネルを抜けた先が雪国じゃなくても別にいいじゃないかと思う。

 文章においてリズムをどうとるかというのは、思想の深い部分に対応していると思う。句読点の打ち方が自分でもわからなくなるような文章を書いているとき、私は最悪の気分だ。ジョン・アーヴィング(あるいは翻訳の筒井正明氏)のリズムが好きだ。そういえば小さい頃は、車の外を等間隔で流れて行く電柱が好きだった。